味覚は口以外にも存在する
「味覚を感じるのは舌」そんなの当たり前、とお思いかもしれませんが、実は口以外の身体のいろいろな場所に味覚を感じる組織があることが分かってきています。
鼻や気管、耳管、胃や小腸大腸、尿道、これらの粘膜、そして脳や精巣、膵管にも味覚を感じる組織があるのだそうです。
一体何のために?とお思いでしょう。一つは身体に対する有害因子を排除するためのようです。例えば鼻粘膜には苦みを感じる組織があり、細菌、アレルゲン、ウイルス、不快な刺激などを感知し、そういった有害物質が体の奥深くに侵入しない様に、粘膜表面の繊毛の動きを速くしたり、呼吸制限をするなどの回避行動を起こさせたり、炎症反応を誘導したり、生体防御反応を引き起こします。同様に尿道でも細菌感染を、小腸では寄生虫感染を感知して防御反応を誘導するのです。
糖分を摂取すると血液中の糖分が増え、血糖値を下げるためにインシュリンが分泌されます。ところが腸に直接糖を作用させてもインシュリンが分泌されるのです。これが腸の甘味センサーによるものであることが判り、さらには苦味や甘味だけでなく、食物中のグルタミン酸などのうまみ成分を感じ取り、その情報が脳に伝わることで満足感や幸福感を感じたり、食欲を抑制したりすることも分かってきました。将来的にはこうした腸の味覚センサーの研究が、肥満や生活習慣病の予防にもつながるそうです。
ただ脳や精巣など、外界との接点のない部分の味覚センサーの存在理由は残念ながらまだ分かっていません。また、驚いたことに、植物にも味覚を感じる組織が存在することが分かってきたのです。
味覚を感じるセンサーを「味覚受容体」(みかくじゅようたい)と言いますが、体中のいたるところに味覚受容体があり、さらには植物にも存在することからすると、たまたま目につきやすい人間の舌にあった味覚受容体が味を感知することから「味覚」と名前に入っているだけで、味覚受容体の本来の最も重要なメインの仕事は身体の維持制御なのかもしれません。
令和6年7月
蒲郡市歯科医師会 中澤 良
顔貌を取り戻す
総入れ歯、つまり歯が1本も残っていないひとの入れ歯を作る際、元々のかみ合わせの高さをどうやって知るのでしょう?
出来上がった総入れ歯のかみ合わせの高さが全体に低いと、咬みにくくなるのはもちろんのこと、顔の下半分の長さが短くなり、実年齢以上の老け込んだ顔貌になってしまう可能性があります。また唇の肉が余って唇の両端にしわが寄りますし、さらには唇が突出し厚くなったように見えてしまったりするのです。
ところで人間の身体各部は「人体比率」といってサイズの比率が決まっていて、例えば両腕を左右いっぱいに広げた時の中指から中指までの長さは身長と同じであるとか、中指の先から親指の先までの長さの3倍が頭の周囲の長さと同じであるとか、手首からひじまでの長さが足のサイズと同じ…といった具合に全身各部で色々分かっています。
1.鼻のすぐ下からあごの先までの長さ
2.眼の瞳孔から口の端までの長さ
3.親指以外の指4本をそろえた時の横幅
この3者は大体同じ長さとされています。
これを利用すれば、歯が残っていなくても、かつて歯があった際のかみ合わせの高さを知ることが出来ます。ただ、実際には歯の摩耗によってかみ合わせは年齢と共に低くなる傾向がありますし、そもそも人体比率は「大体同じ」と言っているだけで厳密なものではないため、あくまでも目安として年齢や個性といった個人差を加味しなければなりません。
脳や眼球の大きさは一生を通じてあまり変わらないのに、子供の顔つきがやがて大人になっていくのはかみ合わせの高さの変化によるところが大きいです。またかみ合わせの高さひとつで「昔の顔に戻った!」と患者さんに喜ばれたこともあります。つまりかみ合わせの高さが顔貌の大まかな方向性を決めていると言えるのはないでしょうか。
普段意識することのないかみ合わせですが、自分の顔が自分らしくあるために実はかみ合わせの高さは欠かせない要件なのです。
令和6年4月
蒲郡市歯科医師会 中澤 良
ヒラメとカレイ
魚のヒラメとカレイ、皆さんは区別できるでしょうか? 左ヒラメに右カレイとも言われ、目が左側にあるのがヒラメ、右がカレイと一般的には言われますが、逆の左カレイや右ヒラメも存在するらしく、そうなるともう一体どれがどっち?ということになります。
ところが両者を簡単確実に区別できるポイントがあるのです。それは顔つき。実はカレイとヒラメ、どちらも平べったい体で海底に潜んでいる点は似ていますが、食べ物が全然違います。釣り好きの人はよくご存知だと思いますが、カレイは海の底のゴカイやイソメなどの虫餌を食べ、ヒラメははるか頭上を泳ぐ魚などを一瞬の早業でとらえて食べるのです。
食べ物が違えば当然歯や口の形に違いがあり、それが顔つきにも現れます。カレイの口はおちょぼ口で小さく、顔もおっとり。一方ヒラメは歯が鋭く大きな口で、見るからに獰猛で怖い顔。この違いは誰でもわかるくらいはっきりしています。
カレイ(左画像)とヒラメ(右画像)の画像
画像でカレイの口(矢印部分)とヒラメの口の違いがよくわかります。
ちなみに「ヒラメの縁側がおいしい」のも食性に関係しています。カレイもヒラメも体が平べったく、背びれ尻びれが体全体を囲む様にあり、この体周囲のひれを動かす筋肉部分が縁側と呼ばれます。どちらも似た体形ですが、ヒラメは前述の様に実にダイナミックな捕食をするので、その分ひれを動かす筋肉がカレイと比べ圧倒的に発達しています。そしてこれがヒラメの縁側の歯ごたえや味わいの元になっているのです。
令和6年2月
蒲郡市歯科医師会 中澤 良
歯ブラシVS電動歯ブラシ
「手動より電動歯ブラシを使った方が良いでしょうか?」という質問は日常的によく尋ねられます。実際のところどちらが良いのでしょうか?
結論から言えば「どちらにも一長一短がある」というところでしょうか。
手を使う通常の歯ブラシは上手にみがくにはある程度の習熟が必要ですが、手慣れた人のお口の中は本当にきれいです。
一方電動歯ブラシは誰が使っても理想的な動きをしてくれ、一定レベルの歯みがきを楽に実現出来ます、しかし歯ブラシの動きが画一的なので個人個人の歯並び等は考慮してくれず、汚れを残してしまうこともあります。
両者の優劣を考える前に、そもそも歯みがきの目的って何でしょう?
それはお口の中の汚れを取り除くことです。お口の中の汚れとは食べ物の残りや細菌が作り出す歯垢(プラーク、バイオフィルムともいう)を指します。したがってこれらをどれだけちゃんと取り除いたか、が歯みがきでは重要です。
そんな基本に立ち返ってみると、歯みがき道具の良し悪しは「汚れがきちんと取り除ける」かどうかで評価すべきです。そうなると、歯ブラシと電動歯ブラシの二択という点も疑問です。なぜならどちらも歯と歯の間の清掃を苦手としているからです。
弱点を持つ道具同士をどちらが優秀かと比べるのではなく、その弱点を補いあうような使い方を考えるべきです。お部屋の掃除は、はたき、ほうき、掃除機、雑巾等を使い分けます。同じようにお口の中の清掃も適材適所で道具を使い分ける必要があります。
その理想的なお口の清掃道具の使い分けを以下に記します。
1) 歯並びが悪くなく、特段気を使うことなくみがける部位は電動歯ブラシを。
2) 歯並びが悪かったりみがくのに工夫がいる部位は通常の歯ブラシを。
3) そして両者に共通する苦手部位である歯間清掃には糸ようじやデンタルフロス、歯間ブラシを使用する。
ただ、現実には道具の使い分けは面倒に感じてしまう人も多く、長続きしないことになりかねません。そこでまずは通常の歯ブラシできちんとした歯みがきを身に付けることをお勧めします。そうすれば不足を感じる部位や逆に省力化しても大丈夫な部位が自然に分かってきます。不足を感じるところはほかの道具を使ってより丁寧に。省力化しても大丈夫なところは電動歯ブラシでも大丈夫でしょう。手で歯ブラシを使いこなせれば次が見えてくるというわけです。
最後に一点、電動歯ブラシには手動の歯ブラシと比べ大きな長所があります。それは病気やケガ、高齢が原因で手が不自由になってしまっても、自力で歯みがきが出来る事です。
以前リウマチで手が不自由になり、歯みがきが出来ず困っていた方に電動歯ブラシをお勧めしたことがあります。様々なメーカーの製品の貸出機をお借りしてご本人が使いやすいものを選ぶことが必要でしたし、当然手動の歯ブラシよりも高価ですが、歯みがきにおいて自立か介助が必要か、その違いは高齢者であればなおさら大きいと思います。
令和5年10月
蒲郡市歯科医師会 中澤 良
糸切り歯
家庭で裁縫をする機会は現代ではかなり少なくなっていると思います。直すより買った方が安く済んでしまう世の中ですしね。愛好者でなければ裁縫といってもせいぜいボタン付けくらいしかしないのではないでしょうか。
そんな時代の変化に応じてか、どうやら「糸切り歯(=いときりば)」という言葉が少しずつ一般的な言葉ではなくなっているようで、近年説明中に「糸切り歯」が理解されなかった場面が何度かありました。
糸切り歯とは犬歯のことで、上下左右に1本ずつ、計4本あります。犬歯は他の歯と違って尖った形で少し突出していて、そしてどの歯よりも根が長くしっかりしています。そのため裁縫の際に糸をいちいち鋏で切るよりも犬歯で噛んで切る方が手っ取り早く便利だった、それで「糸切り歯」と呼ばれるようになったわけです。犬歯で糸を切る仕草は、高齢な世代ほど日常的な情景として脳裏に焼き付いていることと思います。
ところが前述のように裁縫が身近でなくなったことで、歯で糸を切る機会がなくなり、糸切り歯という言葉にもなじみがなくなってしまったわけです。今後、糸切り歯という言葉を知らない割合が増えていくでしょう。そしてこれが歯科治療を行う側にとって意外に影響が大きいかもしれないのです。
歯科医院では治療の前にお口の中の現状や治療内容を患者さんに説明しますが、その際には当然ながら、なるべくわかりやすい言葉で説明しなければなりません。
専門用語や一般的でない言葉を日常的な言葉に置き換えて説明するわけですが、これまでは「犬歯(=けんし)」の代わりに「糸切り歯」と言い換えていたのが、その「糸切り歯」が一般的ではないとなると置き換えるうまい言葉が見当たらないのです。
「前から数えて3番目の歯」とか「他よりも尖っている前歯」と言うしかないのでしょうが、相手に直感的に伝わりにくいと感じます。
普段から専門用語で会話している人間にとっては、分かりやすい言葉に置き換えて話をするのはそれ自体が難しいことです。専門用語はいろいろな状態を一言で表せる便利な言葉です。別の言葉だと一語では到底置き換えられません。それにそもそも自分の話している言葉一つ一つを専門用語か一般語か区別して使っているわけでもありません。だから日常的にかなり注意深く言い換えを意識していないと実践はできないのです。
おのずと頭の中に「専門用語に対応する日常語」のリストのようなものが出来上がるのですが、そのリストアップされた言葉が使えないのはかなり不自由です。
「この言葉は使ってはいけません」といつも使っている言葉に制限をかけられたら、と想像してみていただくとその不自由さが理解しやすいと思います。
言葉は生き物とも言われ、時とともに変化していきます。それをことさら意識せずに人は日常を送っていますが、「糸切り歯」は今まさに日常語から非日常語へと変化している最中なのでしょう。普通なら見過ごされるそんな言葉の変化が、まさか普段の歯科治療に影響するとは思ってもみないことでした。
ところで、「親知らず」という言葉も、糸切り歯と似たような状況にあると思われますが、こちらも今後どのような運命をたどるのか興味深いところです。
令和5年5月
蒲郡市歯科医師会 中澤 良
春の訪れは歯痛とともに
この記事を書いているのは3月初旬ですが、この時期特有の歯痛というのがあります。
例年、初春に「突然、上の奥歯が痛くなった」と来院される方があります。しかし、その多くはお口の中を拝見しても、Ⅹ線写真を撮ってみても、虫歯や歯周病はおろか、およそ原因らしいものが見当たりません。
こういったケースに初めて遭遇した時は何を食べたか?とか、歯ぎしりをしていないか?とかいろいろ問診をして原因を見つけようとしました。しかし特筆すべきものはやはり見つからず、途方に暮れそうになった時、ある事に気づきました。色々うかがっている最中ずっとその患者さんは鼻をすすったり咳をしたりしていました。そうです、スギ花粉によるアレルギー性鼻炎を持った方だったのです。
ではアレルギー性鼻炎がどうして歯の痛みを引き起こすのか?
人間の頭蓋骨には鼻の空洞以外にも中身が空っぽ(空気と粘膜が存在)の空洞がいくつか存在します。(図参照)
額部分にある 前頭洞(=ぜんとうどう)
目頭辺りにある 篩骨洞(=しこつどう)
鼻腔奥にある 蝶形骨洞(=ちょうけいこつどう)
頬内部にある 上顎洞(=じょうがくどう)
これらは鼻腔とつながっていて、まとめて「副鼻腔」(=ふくびくう)と呼ばれます。
これら副鼻腔は鼻炎が起きると同じように副鼻腔内部でも炎症を起こし「副鼻腔炎」(=ふくびくうえん)となります。副鼻腔炎が悪化し膿が溜まると「蓄膿症」(=ちくのうしょう)と言います。
上記の副鼻腔の内、今回の主役は上顎洞です。上顎洞は頬内部の空洞ですから、底の部分(上顎洞底=じょうがくどうてい)は当然、上の奥歯の根と近いところに位置します。中には上顎洞の内部に根の先が飛び出しているケースがあったりもします。
とまあここまでくればお分かりの通り、冒頭で書いた初春に起きる謎の歯痛は、アレルギー性鼻炎のせいで上顎洞炎が起き、上顎洞とごく近い上奥歯に痛みを感じた、というわけです。お隣さんに原因があるわけですから、どれだけ歯を調べても痛みの原因が見つかるはずはありません。
ちなみに、こういったアレルギー性鼻炎によって生じた歯痛は、元になった鼻炎や副鼻腔炎が改善すれば自然に消失することが多いので、患者さんには耳鼻科を受診していただく必要がある旨説明します。
もちろんこの時期の歯痛の原因がすべてこれに当てはまるわけではありません。歯に異常を感じた場合には、まずは歯科医院を受診していただき、異常の原因をしっかり調べてもらうことが重要なのは言うまでもありません。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯科医師の知られざる仕事
歯科医師の仕事といえば、だれもが思い浮かべるのは当然歯科医院での歯科治療です。しかしそれ以外にもさまざまな仕事があります。
まずその筆頭は健康診断、いわゆる「健診」です。もっともなじみがあるのは学校での歯科健康診断でしょう。もちろん学校以外にも幼稚園や保育園、障がい者施設や介護施設での健診も行いますし、行政との協力体制で行われる妊産婦歯科健診や乳幼児の歯科健診はどこの自治体でも行っています。
また、企業からの依頼による歯科健診、健康保険の保険者が行う歯科健診など、場所や対象によってさまざまな歯科健康診断が行われています。
また健診と同様に歯科保健指導や歯科保健教育も行われています。
蒲郡市においては、自院で行う診療以外に休日歯科診療所や障がい者歯科診療所での診療もありますし、蒲郡市歯科医師会主催での「歯の健康まつり」など一般市民への啓蒙・広報活動としてのイベント活動もあります。
最近では新型コロナワクチン接種も条件付きで歯科医師が行っていますね。
あとあまり知られてはいませんが、企業における仕事上でのメンタルヘルス異常の発生予防のために行われる「ストレスチェック」というものがあります。従業員50人以上の事業場に年1回義務付けられているのですが、一定の研修を受けた歯科医師はこのストレスチェックを行うことができます。
また酸やフッ化水素、黄りんといった有害物質を扱う事業場では歯科医師による特殊健康診断が規模の大小関係なく実施が義務付けられています。こういった職業分野での疾病に関することを「労働衛生」といい、労働安全衛生法で規定されています。
大学や病院や研究機関に所属し、大学教育や研究に従事する歯科医師も大勢います。
冒頭で述べたように、一般の方が普段目にするのは歯科医院での歯科治療くらいで他の仕事と言ってもピンとこないでしょうが、実は歯科医師の仕事は保健、医療、社会福祉、労働衛生、教育といった多岐にわたっているのです。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯科治療と寒天
寒天といえばところてんやあんみつを思い浮かべますが、歯科医院の診療室に「寒天」があるのをご存知でしょうか?もちろんスタッフのおやつ用ではありません。
歯医者へ通院したことのある方なら、歯の型を採られたことがおありかもしれません。診療室の寒天は歯の型を採る材料なのです。型を採ることを歯科では「印象を採る(=いんしょうをとる)」、そのための材料を「印象材(=いんしょうざい)」、といいます。じつは寒天は安価で非常に精密な印象が採れるとても優秀な印象材なのです。したがって診療室ではごく日常的な存在といえるのですが、その寒天には歴史に翻弄されたドラマがあります。
歯科用の「寒天印象材」も、ところてんの食用寒天と同様「テングサ」が主原料です。かつてテングサは日本特有の海産物で、明治時代中頃までは国内消費だけであったのですが、細菌学で有名なコッホ氏が細菌を培養するための「寒天培地(=かんてんばいち)」を考案したことをきっかけに寒天の需要が拡大。以降様々な分野でも利用されるようになり世界中で日本の寒天は引っ張りだこ、日本の重要な輸出品目にまでなります。
そんな中、第二次世界大戦中、日本は戦略的な目的から寒天の輸出を禁止してしまいます。これにより海外では寒天の入手が出来ず、寒天の利用者達は大混乱をきたします。その中には印象材として寒天を日常的に使っていた歯科医師達も当然含まれていました。そこで欧米は寒天印象材の代替品となる「アルギン酸塩印象材(=あるぎんさんえんいんしょうざい)」を開発したのです。診療室で型を採る際にスタッフが何かを練っている光景を見たことがあると思います。アルギン酸塩印象材は粉末状で水と一緒に練ることで印象材となります。原材料はやはり海藻で低コスト、精密さは「寒天」に及ばないものの、寸法安定性など比較的良好な性質を持っていたため、寒天印象材に代わって当時は広く使われたようです。
今現在、多くの印象の場面で「アルギン酸塩印象材」と「寒天印象材」を組み合わせた「連合印象(=れんごういんしょう)」が主に行われています。より精密さが必要な部分は寒天印象材、それ以外にはアルギン酸塩印象材と、双方の良い点を生かしたハイブリッドな印象法です。戦争戦略に利用された寒天とそれが元で生まれたアルギン酸塩印象材、敵味方陣営に分かれていた両者が戦後一つになって活躍する姿を当時誰が想像出来たでしょうか。
さらには、現代の高分子素材分野の発達により寸法精度や寸法安定性が高い「シリコン印象材」も開発され診療に用いられているのですが、コストの面でまだ寒天印象材とアルギン酸塩印象材に及ばず、保険診療がメインの一般的な歯科医院では前述の通り寒天-アルギン酸塩の連合印象が未だ主流なのです。
寒天の由来は江戸時代にまでさかのぼると言われます。そんな「古いけど良い物」が歴史の波にもまれながら、最新の素材にも負けず日夜診療室で活躍している…。歯科用寒天にまつわるドラマ、いかがだったでしょうか?筆者は診療室の寒天をがんばれ!と応援したい気持ちになりましたし、同時に勇気ももらえた気がします。皆さんも今度歯医者に行くことがあったら、診療室の寒天に思いを馳せてみてください。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
修復物が取れた
歯のかぶせ物や詰め物が何かの拍子に取れてしまった経験をお持ちの方も多いでしょう。そして取れてしまったことをすごく残念な事と受け止めておられる方がほとんどだと思います。人前で取れてしまって、どうしたら良いのか分からずにうろたえてしまったというお話もよく伺います。
再製作が必要なこともありますが、状態によっては取れてしまったものを再び着け直せる場合もあります(再装着と言います)。だから取れてしまっても、慌てず取れたものを無くさない様にしておきましょう。
そんな再装着の際には、取れた時の残念な気持ちを思い出してか、多くの方が口をそろえて「また取れたりしない様にしっかり着けておいて。」とおっしゃいます。
でも実は取れたことは悪い事ばかりではありません。
修復物が取れてしまう理由は様々ですが、多くは咬む力や外力など、接着強度よりも大きな力が加わったせいです。
では仮に大きな力が加わった際に修復物が取れなかったらどうなっていたでしょう。その場合、歯自体が欠けたり割れたり折れたり損傷していたかもしれません。これを歯の「破折」(=はせつ)といい、破折した場合、神経を取ったり抜歯が必要なこともあります。つまり修復物が取れたことが加わった力を受け流すことになり、結果的に「歯が守られた」とも考えられるわけです。
ですから患者さんが言われる様に、もっと接着強度を上げるのは得策ではありません。もっともそんな高い接着強度の接着材料自体存在しないので現実には無理なのですが…。
長い期間お口の中に装着されていると人工物は劣化を起こします。すり減って修復物の形が変わってしまったり、接着強度が低下したり…。一方、咬む力の方は健康で自力で食事が出来ている間は大きくは変わりません。つまり時間の経過とともにどうしても取れやすくなっていきます。これに対抗して修復物が取れない様に気づかって、咬む力を優しく制限しながら食事をとるなんてことも現実には無理でしょう。残念ながら修復物は「いつかは取れる」ものと考えるしかないのです。
修復物が突然取れてしまっても、「いつかは取れてしまうもの」であり代わりに「歯が守られた」と分かっていれば、やり場のない残念な気持ちも少しは和らいで、冷静に対処ができると思います。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
※今回、便宜的に「接着」という言葉を用いましたが、実際には修復物を歯に装着する際には「接着」ではない場合もあります。これだけ書くと全く意味不明でしょうが、この「お口の中の接着」に関してはまたの機会に。
牛の反芻と歯
今回は今年の干支にちなんで牛の歯の話です。
牛は食べた草を胃から口へ戻してもう一度咀嚼(=そしゃく)しなおす「反芻(はんすう)」を行います。これは植物の主成分がセルロースという消化しにくい物質だからです。
人間は「嘔吐(おうと)」を繰り返すと胃酸で歯が侵され「酸蝕症(さんしょくしょう)」という歯が溶けたような状態になってしまいます。牛の歯は大丈夫なのでしょうか?
牛は胃を4つ持っています。そのうち内容物を口へ戻す反芻に関係するのは第1の胃と第2の胃だけです。そしてこの二つの胃では胃酸は出ません。
「胃酸が出ないなら歯が酸で傷まない」のは当然ですが、実情はそれほど単純ではない様です。
上記のように第1と第2の胃では胃酸が出ません。では胃酸なしでどうやって消化しにくい植物を消化しているのでしょうか? それは微生物による「発酵」です。つまり第1と第2の胃の中にはセルロースを分解できる微生物がたくさんいて、そのおかげで牛は草を栄養源と出来るのです。人間はセルロースを栄養として利用できませんが、牛はなんと食べたセルロースの80%を利用できるといいます。
そんな大事な胃内の微生物ですが、セルロースの分解が進むと段々と胃内が酸性になってしまい、微生物たちがセルロースを分解できないという困ったことになってしまいます。
牛の特徴として知られている事に「よだれ」が多いことが挙げられますが、牛の唾液はアルカリ性で先ほどの段々酸性になってしまう胃内を中和する役割を果たしています。牛が一日に食べる草の量は膨大で、第1の胃もすごく大きく出来ています。それを中和するためには当然桁違いな量の唾液が必要で、人間の一日の唾液量が約1~1.5リットルといわれるのに対し、牛はなんと50リットルにもなるのだそうです。これだけ唾液が多ければ当然よだれも多いわけですが、この大量の唾液にさらされ、洗われることで牛の歯は消化物の影響から守られているとも言えます。
ちなみに牛のように大量の唾液が出ない我々人間は、嘔吐の後はしっかりゆすいだり、牛乳をふくむことで胃酸による酸蝕症を防ぐことが出来ます。
【余談】
反芻は牛以外にもたくさんの草食動物が行っていますが、筆者が特に興味を持っているのはキリンです。反芻の際に胃の内容物があの長い首を通って口へ戻るわけですが、キリンを観察していると食物が首を通って上っていく様子が分かるそうです。機会あらばぜひ一度キリンの反芻の様子をしっかりと観察してみたいものです。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
マスク
今回は歯ではありませんが、我々歯科医ともかかわりの深いマスクの話です。
新型コロナウイルス禍による外出自粛要請の期間中は、誰しも自宅で過ごす時間が増え、中にはネット動画を観る機会が増えた方も多いと思います。私もそのうちの一人ですが、ある時YouTube動画を開くと、おすすめ動画としてプロレスの動画が上がっていました。その動画はある覆面レスラーの過去の戦歴を振り返るものでしたが、ふとその覆面レスラーのマスクに目が留まり不思議に思ったのです。
「同じマスクといいながら覆う部分が全く逆。」
そうです、我々も仕事で使ういわゆる普段目にするマスクとは正反対に、プロレスラーのマスクときたら鼻と口の部分が(もちろん眼も)くり抜いてあるのです。
つまり同じ「マスク」といいながらも用途が全く違う事に今更の様に気づいたわけです。
マスクの起源は太古の信仰や呪術にあります。神の具現化だったり、神に仕えるために人間の姿を隠す必要が有ったり、支配者や呪術師が他の人間と差別化するためだったり…やがてこれが祭礼、さらには舞踊や演劇などにも用いられることとなるわけです。つまり「お面」や「仮面」といった用途ですね。古代エジプトの王ツタンカーメンの黄金のマスクや、日本でも郷土の古くからのお祭りで用いられたりするお面が分かりやすい例です。プロレスラーのマスクはこの「仮面」としてのマスクと言えるでしょう。
一方、吸気をろ過する目的のマスク、つまり街中でよく目にする方のマスクも起源は意外に古く、形は違えど紀元1世紀頃からあったとのこと。ちなみに布製マスクの元祖は16世紀、かのレオナルド・ダ・ヴィンチの発明との話もあります。
その後産業革命などを経て、炭鉱作業者を粉塵から守るための産業用のマスクが作られ、20世紀を迎えた1918年、スペイン風邪の流行によって一般化が始まったようです。日本ではその後もインフルエンザの流行のたびにマスク使用が広がっていき、2000年代になって花粉症とSARS、そして2009年の新型インフルエンザの流行が決め手となり全国的にマスク使用が一般化、冬から春先の風物というほどになりました。
清潔な環境でもマスクをする日本は世界でも珍しい国でした。今回のコロナ禍でその珍しい習慣が世界的に評価されることとなりましたが、調べて驚いたのは「マスク」が俳句の季語にもなっているという事実でした。つまり歳時記に冬の季語としてちゃんと載っているわけです。近代の文豪である高浜虚子もマスクを季語とする句を詠んでいます。それくらい日本には昔からマスクが浸透していたといえます。
最近はマスク不足も概ね解消しつつあり、お手製のマスクでおしゃれをする人も珍しくなくなりました。また、「マスクしたまま話をするのは相手に失礼」だったのが、逆にマスクをして話さないと「配慮がない」と思われるまでになってしまいました。つまり、感染予防・防止という目的を離れ、マスクで着飾ったり、儀礼としてマスクをしなければならなくなったわけです。これ、よく考えたら最初に述べたマスクの起源であるお面や仮面の用途に似てきていると思いませんか。私は「新型コロナ禍でマスクが先祖返りした」と思うのです。
緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだまだ新型コロナウイルスの危機が去ったとは言えない状況です。大きく変わったマスク事情、本格的な夏を迎えさらにどんな変化をするのでしょうか。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯と刃
以前このコーナーで「のこぎりの歯?刃?」という話を書きました。その中で歯と刃が同じ発音であることが余計な誤解を生んだと書いたのですが、今回は歯と刃が似てるのは音だけじゃない、という話です。
人間の歯はエナメル質と象牙質という2層からできています。エナメル質は非常に硬く、象牙質はエナメル質に比べると少し柔らかい材質です。なぜ歯は硬軟2層の構造なのでしょうか?
実はこの硬軟2層の貼り合わせであることがとても重要なのです。物理的に「硬い物」は一見丈夫なのですが、限界を超える力が加わると脆く、途端に壊れてしまいます。一方「軟らかい物」は変形してしまいますが、壊れにくいのです。これはお茶碗に例えると分かりやすいです。陶器のお茶碗は傷はつきにくいですが落とせば割れてしまいます。プラスチックのお茶碗は落としても割れない代わりに表面に傷がつきやすいですね。
日本刀の刃もこの硬軟の合わせ技によって出来ています。あのような細身であるにもかかわらず斬撃や打ち合いに耐えるのは鋼鉄(=こうてつ)と軟鉄(=なんてつ)の組み合わせによるものです。
刃の部分に摩耗しにくい鋼鉄を使い、この鋼鉄の刃を軟鉄の地金(=じがね)で挟み込む構造にすることで、折れたり曲がったりせず、よく切れる非常に優秀な刀身となっているのです。※
話を歯に戻すと、歯も硬いエナメル質に少し軟質である象牙質で裏打ちした構造とみることが出来ます。生物が持ちうる最も強度の高い組織である「歯」。しかしそれは「硬い」だけでは成し得ず、硬軟取り混ぜたハイブリッドな構造にも理由があるのです。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
のこぎりの歯?刃?
先日うちの庭の木に小さな黄色い花が咲きました。気になって調べてみると「柊南天(=ヒイラギナンテン)」という植物でした。柊南天の説明を読んでいてある言葉が目につきました…というより不思議に思いました。
その言葉とは「鋸歯」。「きょし」と読み、意味を調べると文字通りの「のこぎりの歯」とありました。
柊南天に限らず、植物の葉には縁がギザギザしているものがあります。あのギザギザを「鋸歯」と呼ぶのだそうです(画像1参照)。植物以外でも工場の屋根に見られるのこぎり屋根、あれも「鋸歯屋根(=きょしやね)」というそうです(画像2参照)。また音響・電気の世界でものこぎりのような形の波形の事を「鋸歯状波(=きょしじょうは)」といいます。
その「鋸歯」の一体何が不思議だったのか?それは「歯」の文字。刃物なら通常は「歯」ではなく「刃」です。「包丁の歯」なんて言葉はありません。なのにのこぎりの「歯」とは一体なぜ?
私自身「鋸歯」という言葉自体はずっと以前から知っていましたが、改めてよく見たら「あれ?刃じゃなくて歯だ」と今更の様に気付いたのでした。ではなぜのこぎりの「歯」なのでしょう?
私の考えが及ぶ範囲でいろいろ調べましたが、残念ながら明確な解答はどこにもありませんでした。しかし何となくですが答らしきものは見えてきました。
鋸歯という言葉の意味をもう一度よく調べると「のこぎりの歯」に続いて「のこぎり歯」という意味が出てきました。のこぎり歯とはサメの様な「のこぎりみたいな歯」の事です(画像3参照)。
ここからは私の推理・推測でしかないのですが、「鋸歯」という言葉の意味は筆頭に出てくる「のこぎりの歯」ではなく2番目の「のこぎり歯」なのではないでしょうか。
大体「のこぎりの歯」なんて包丁の歯と同様に意味が分かりません。
逆にサメの様な「のこぎり歯」という意味だと考えれば、前述の工場の屋根「鋸歯屋根」は「のこぎり歯の様な屋根」、「鋸歯状波」は「のこぎり歯の様な波形」と一転理解がしやすくなります。
では辞書で調べると最初に出てくる「のこぎりの歯」という奇妙な意味はどこから出てきたのか?
鋸歯は英語で「sawtooth」というそうです、sawはのこぎり、toothは歯の意味です。鋸歯という言葉はこのsawtoothを直訳して作られた言葉なのではないかと思うのです。
この時「のこぎり歯」というものを知らずに訳せばその結果は当然「のこぎりの歯」となります。
明治時代、近代化の波が日本語にも及び、外国語に有って日本語に無い言葉は元の言葉を参考にして新たな言葉が数多く作られました。その際に「のこぎりの歯」という迷訳が生まれたのではないかと思うのです。
また日本語では「歯」と「刃」が同じ発音、いわゆる同音異義語であったため事態を余計に複雑にしてしまったのではないかとも思います。
のこぎりの「歯」の謎、皆さんはどう推理しますか?
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯の形と顔の形
「前歯の形は顔の形に似ている」といったら不思議に思われるでしょうか?でも実際前歯に冠を被せたり義歯(入れ歯)を作る際には顔の形が参考になったりします。
エラが張って角張ったお顔の方の歯は四角っぽい歯の形。卵形の方は丸っこい形、逆三角形の方は三角形っぽい形なのです。はっきりした根拠はない様ですが、大昔から経験的にいわれており、歯科医師や技工士は皆学生時代にその様に教えられています。我々にとっては当たり前すぎる基本中の基本の知識といえます。
もちろん身体が太ったりやせたりしても歯の形は変わりませんから、顔の形が歯の形と似ているといってもあくまで「骨格的」な話ですし、歯は使っているうちに磨耗(咬耗:こうもうと呼びます)したり欠けたりして形が変わってしまっていたりもしますから、厳密に全ての人に当てはまるわけでもありません。また、歯を作る際には見た目と咬み合わせを考慮し、総合的に作られますから、絶対的なものでもありません。しかし総義歯(総入れ歯)を作る時など、歯の形を決める基準が他に無い場合には顔の形が大いに参考になるのです。
改めて鏡を見て前歯とお顔の形を比べてみてください。そんな見方をしてみると、自分の歯に今よりもう少し愛着がわくかもしれません。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
タコの口
以前友人が「半夏生(はんげしょう)にタコを食べた。」と言っていました。「半夏生」とは夏至から数えて11日目の日のことで、毎年7月2日前後がそれに当たります。半夏生は昔から農業では節目となる重要な日だったそうで、各地で「半夏生までに畑仕事や田植えを終える」あるいは「この日には畑仕事をしない」といったものから、「ハンゲ」というお化けが出るという地域まで色々な言い伝えがあるそうです。冒頭の友人が言ったような「タコを食べる習慣」は関西を中心として根付いているようです。
ところでタコはカニや貝の殻を砕いて身だけを食べるのだそうですが、その肝心なタコの口はどこにあるかご存知でしょうか?おそらく多くの人が顔から突き出した部分が・・・と想像するでしょうが、それはタコの口ではありません。
頭と思っている部分も実は胴体で、突き出した口の様なものは実は「漏斗(ろうと)」といい、海水や墨を吐き出したり排泄口であったりもします。産卵時に卵を出すのもこの漏斗です。
本当のタコの口は8本の足の根元の中心にあります。中に「顎板(がくばん)」という上下対になった硬いくちばし状の物があり、非常に強い力で顎板を合わせ、硬いカニや貝の殻を砕きます。しかしこの顎板は歯ではありません。顎板はその形から「くちばし」と呼ばれたり、上下各々の形から「からすとんび」とも呼ばれます。
ではタコの歯はどこにあるのでしょう?この上下のからすととんび、すなわち顎板の奥にヤスリの様にギザギザした「歯舌(しぜつ)」という硬い組織があり、これが歯の役目をしています。歯舌はタニシやカタツムリでもみられ、歯舌を持つ動物は食物をこすりとる様にして食べるといわれます。
釣りをする人達から「引きの強い魚は食べた時に口の周りの身が美味しい」という話を聞いた事があります。針にかかった際に強くぐいぐい引っ張る様な魚は、確かに口周囲の筋肉が発達しているでしょうから美味しいに違いありません。
カニや貝の殻さえ破るのですからタコの口も非常に強い筋肉で囲まれていておいしいはずです。実際食べるとコリコリとした歯触りとなるので、「タコのくちばし」は珍味として珍重されています。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
舌の触覚
舌は味を感じるだけではありません、とても鋭く繊細な触覚を持っています。一方で背中の様にそれほど感覚が鋭くない部位もあります。どうしてそんなに差があるのでしょう?
身体のどこでも2本の指先で触れてみてください。指先の間隔を狭くするとそのうち2点で触れていても1点と感じるようになります。この2点を2つと認識する能力を「触覚2点弁別能」といい、前述のように身体の部位によってすごく差があります。アーネスト・ハインリッヒ・ウェーバーという19世紀のドイツの生理学・解剖学者の研究によると、「背中」では5センチ以上離れていても2点を1つと感じてしまいますが、それに対し「指先」や「唇」は2~3ミリ、さらに、「舌の先」ではわずか1ミリしか離れていなくてもちゃんと2点を2つと感じることが出来るとあります。個人的に実験してみると、私の場合舌先は0.2mmでも2点と感じることが出来ました。0.1mm以下でも大丈夫というお話を伺ったこともありますから、実際には多くの方が舌先で1mm以下でも2点と感じられそうです。
この2点をちゃんと2点として感じる2点間の距離を「触2点弁別域」とか「空間的2点弁別域」というそうですが、距離が短い部位ほど「敏感」、長ければ「鈍感」といえます。
鈍感と聞くと印象が悪く、「背中や足の裏はダメな部位」と感じるかもしれませんが、部位によっては鈍感であることも重要です。例えばもし、足の裏や背中が指先や舌並みの鋭い感覚を持っていたら、きっと歩いたり寝たりするのに支障が出るでしょう。要は適材適所、身体各部にそれぞれの役割に沿った能力が備わっているのです。では何のために舌はそれほど鋭い感覚を持っているのでしょう?
それはやはり「危機回避」のためだと思われます。
食事の際、魚の骨と身を口の中で分けられる。髪の毛1本でも探し当てられる。これはつまり飲み込む前に異物排除が出来るということでもあります。
太古の昔、まだ人間が二足歩行する以前、さらにはまだ視覚さえも持ち合わせていなかった時代、口がまさに生命線であった時の身体を守るための能力が、進化した今も受け継がれているとも思えます。
虫歯の穴が実際よりも大きく感じられてしまったり、入れ歯に強い異物感を感じたり、目では見つけられなかったさんまのほそ~い骨を選り分けられたり、そんな身体のどこよりも鋭い感覚が口内にあるのは「口がどこよりも重要な器官」である証拠。進化の上ではそうですが、果たしてあなたの脳はそう考えているでしょうか?
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
お口の中の災害対策
災害対策は防災袋を準備し水食料を備蓄すれば終わり、ではありません。
以前「防災袋に入れておくための入れ歯を作りたい」という方がいらっしゃいました。初めはその真意を理解できなかったのですが、よくお話を伺ってみると、その動機には非常に強い説得力がありました。
その方は「万が一被災したら、避難所で最初に渡される食事はまず間違いなくカンパンとかパンといった、歯が有る人でも水分が無いと食べられない様なものになる」と。つまり被災して入れ歯を失うと、仮に身体が無事でも何も食べられなくなってしまう、という訳です。
携帯電話でも自動車でも家でも日常的に使っているものほど、そのもの自体が無くなった時のことを想定しながら使っている人は少ないと思います。入れ歯も同じ。入れ歯が無いと食べられないというのは当たり前の事なのですが、日常入れ歯を使っていても、被災時避難所で当たり前に起こるこの事態を意識する事は少ないと思います。冒頭の方はそこに気づき危機感を感じた、その点には本当に感心しました。
実際東日本大震災では地震・津波で家ごと入れ歯を失い、避難所で苦労された方はたくさんいらっしゃいました。
現実には保険診療では「予備」として入れ歯を作ることは認められていません。また新たに入れ歯を作ろうとしても、入れ歯を作ってから6か月間は新たに作ることは出来ません。しかし、もし必要があって入れ歯を新調したのならば、今まで使用していた入れ歯を予備として持っておくことは出来ます。
仮に今までの入れ歯がもう使用に耐えない物であっても、入れ歯を失った際、入れ歯を一から作るのには時間がかかりますが、古い入れ歯を直せば応急的に使う事が出来るかもしれません。ですから今までの義歯はしまい込んだり処分しないで予備にしましょう。
これは入れ歯を使っている当事者の方だけではなく、そのご家族や介護されている方にも考えていただきたい事です。
また「数日なら歯みがきしなくてもだいじょうぶ」と思いがちですが、歯みがきが出来ず口腔内が不衛生になると、それが全身的な問題につながることがあります。ですから入れ歯を使っている使っていないに関わらず、お口の中にも災害対策が必要です。
日本歯科医師会もHPに「災害に備えて」というコーナーを設けていますので参考にしてください。歯科医院の待合室でポスターをご覧になった方もあると思います。
http://www.jda.or.jp/park/disaster/
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯ブラシVS薬剤
ご存知の通り、虫歯・歯周病はお口の中の細菌が元で起こります。世の中随分と進歩したのに虫歯・歯周病対策といえば昔と変わらず「歯みがき」といわれ続けています。他の方法は無いのでしょうか?例えばうがい薬などの薬剤を使えばもっと楽に効果を上げられそうな気がします。大体、細菌をやっつけるのに歯ブラシと薬剤ならば誰でも薬剤の方が効果が高いと思うでしょう。
ところが現実にはそうではありません。以前にも書きましたがお口の中には「常在菌(じょうざいきん)」といわれる細菌たちがひしめいています。でも虫歯菌と歯周病菌以外のほとんどは悪さをしません。それどころか常在菌がひしめいていてくれることで、よそ者の病原性細菌が駆逐されるのです。そこへ抗菌性のある薬剤を使うと有用な常在菌をやっつけてしまいかねないのです。
さらに、虫歯菌や歯周病菌は「歯垢(しこう)」あるいは「プラーク」と呼ばれる鎧をまとっていて、薬剤を作用させてもその鎧の表層にしか効果が及ばず、内部の細菌たちは無傷なのです。こうしたことから近年歯垢やプラークが「バイオフィルム」ともいわれるようになりました。言い換えれば彼らもサバイバルの術を持っているという事です。
つまり、薬剤に頼ると有益な常在菌が弱体化して虫歯菌・歯周病菌が残るという、望んだこととは逆の結果を招く事になってしまうのです。
薬剤による攻撃には耐性のある歯垢・プラーク・バイオフィルムですが、物理的な攻撃には弱いので、虫歯・歯周病対策はやはりていねいな「歯みがき」が一番です。
ではうがい薬をはじめとする薬剤の使用は全く無意味なのかというとそうではありません。使い方を吟味すれば十分に有効です。例えば歯垢をふやかして取れやすくする成分の入った洗口剤がありますが、歯みがきを手助けしてくれます。要は適材適所、歯みがきをメインに不足があればそれを薬剤で補うと考えましょう。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
鳥とトウガラシ
今年(2017年)は酉年です。皆さんは十二支の中で鳥だけが歯を持たない動物である事に気づいていましたか?もちろん辰年の龍は想像上の生き物なので、厳密には歯が有るのかどうか分かりませんが、書画で見る限りでは歯が有る様です。
歯が無いと人間は何も食べられませんが、鳥は歯が無いにもかかわらず「猛禽類」の様に肉食の種までいます。歯が無くても鳥が食物を食べられるのはくちばしが発達したこともありますが、それだけではなく「咀嚼(そしゃく)」をしなくても良い消化器官が備わっている事が理由です。ではなぜ「咀嚼」をしないのか?それは体の軽量化のためといわれています。
歯は動物の身体を構成するパーツの中ではかなり密度が高く、大きさの割に重いのです。そして咀嚼をするためには大きな筋肉も必要になります。大きな筋肉が存在するためには大きく丈夫な骨が必要となります。これらは身体の重量を増やすことになり、飛ぶためには不利なのです。鳥の身体には永い進化の過程で羽根の様に「飛行」のために「得た」ものがある一方で、そぎ落とした部分もあるわけです。そしてそれが歯だといえるでしょう。
面白いことにこの鳥の特徴をちゃっかり利用している者もいます。それが唐辛子。植物は自力で移動できません。ですから甘い果実を動物に食べてもらい、動物の行動先でフンと一緒にタネが排泄され芽を出すことで生息範囲を広げます。一般に植物のタネが硬く丈夫なのは、咀嚼され消化作用を受けても排泄されるまで無事に生き残るためです。
では唐辛子はあんな辛い実を一体誰に食べてもらうつもりなのか?じつは唐辛子が辛いのは咬んだ時。つまり歯が無く咀嚼をしない鳥にはトウガラシは辛くないのです。また鳥は唐辛子の辛味成分である「カプサイシン」を感じないのだそうです。
つまり唐辛子は飛行能力がある鳥にだけ実を食べてもらい、より遠くへ効率良くタネを運んでもらう進化上の戦略をとったのです。そしてその目論みが成功したおかげで我々の誰もが知る香辛料となったわけです。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
19世紀の新素材
さて以下の4つは「ある素材」で歯科治療と関連があります。その「ある素材」とは?
カメラ・海底ケーブル・ゴルフボール・健康茶
答は「ガッタパーチャ」というゴムの様な天然樹脂です。天然ゴム同様電気を通さず、ゴムよりも弾性が少ない代わりに固く強靭なのが特徴で、19世紀以降、天然ゴムと同じく様々な目的に使われていました。そのかつて一世を風靡したガッタパーチャが長い時を経て、現代の歯科治療にも・・・。
クラッシックカメラの世界ではガッタパーチャは「グッタペルカ」と呼ばれていて、ドイツ「ライカ」製の古いカメラの外装(革の様な黒い部分)に用いられていました。人工皮革の無い時代、成型加工が容易で水分、油分に耐えるガッタパーチャ(グッタペルカ)は手汗や皮脂にさらされる手持ちカメラにはうってつけだった様です。ところが何十年と経つうちに紫外線などによる劣化が進み、剥がれてしまうことがあり、これを「グッタペルカ欠け(剥がれ)」というそうです。ガッタパーチャが容易に入手できない現代ではクラシックなライカのマニアにとっては、これは頭の痛い問題となっています。
世界初の実用海底ケーブルの被覆にはガッタパーチャが使われていました。海底ケーブルの歴史は意外に古く、1850年に最初の実用海底ケーブルが英仏海峡に敷設されています。実用化されるまでに色々な試行錯誤があり、従来の天然ゴムを使った被覆では耐水性に問題があったのですが、ガッタパーチャがそれを解決したのです。もちろん現代の海底ケーブルは高密度ポリエチレン等高分子化合物や金属で何層にも被覆されており、ガッタパーチャの時代とは比べ物にならない程高度で複雑なものになっています。
黎明期のゴルフボールは鳥の羽根を皮袋につめて縫い合せたものでした。それが19世紀半ばにガッタパーチャを型に流し球形にしたボールが発明され、安価でよく飛んだことから従来のボールにすぐにとって代わった様です。しかしガッタパーチャはゴムより固いとはいえ、やはり天然樹脂ですから傷がつきやすい材質です。したがって使っているうちにボールの表面に傷がつく、ところが傷がついたボールの方がよく飛ぶことに気付く人が現れ、これがのちにゴルフボール表面のディンプルにつながったといいます。ゴルフボールもまた現代ではガッタパーチャの代わりに高分子化合物やゴムが使われていますが、ガッタパーチャがゴルフボールの発達に大いに影響を及ぼしたのは確かです。
杜仲茶(とちゅうちゃ)という名のお茶があります。健康茶として売られていたりします。元になる「杜仲」の木は厳密にはガッタパーチャとは別種の植物なのですが、樹皮からガッタパーチャとよく似た樹脂が採れるため「ガッタパーチャ」と呼ばれていたりします。
現在歯科診療においてガッタパーチャは「根管充填材料」、いわゆる歯の根の中への詰め物として使われています。(※1画像参照)
これはガッタパーチャが人体に対し害を及ぼさず、扱いやすく、長期にわたり成分的に安定していて、さらにはX線写真に写るからです。(※2画像参照)
これだけの長所を持っているため、とって代わる材料はまだ決定的なものは現れていません。
19世紀には夢の新素材であったともいうべきガッタパーチャ。ゴム同様、産地である赤道直下の東南アジアでは、「プランテーション」と呼ばれる大規模農園で生産され加工されて世界中の様々な分野で使われていました。そんなガッタパーチャも今や見かけることはほとんどありません。しかしどんなものにもドラマあり。ガッタパーチャは人知れず現代の歯科医療で代わりの利かない重要な材料としての地位を得ているのです。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯根膜
歯はあごの骨に直接植わっているのではありません。咬んだ時の衝撃をやわらげるために、歯根と骨の間にクッションが存在します。これが「歯根膜(しこんまく)」です。歯根膜は繊維の組織で、ちょうど女性のはくストッキングのようにうすく歯根の表面を取り巻いています。健全な歯であっても力を加えると上下前後左右にわずかに動きます。これはこの歯根膜があるからです。
歯根膜の働きは衝撃吸収だけではありません。皮膚同様の感覚を持っていて、咬むと「どの方向からどれくらいの力が歯に加わったか」といった情報が脳に伝わります。この情報を元に脳は咬むための筋肉をコントロールします。簡単に歯からの情報と書きましたが、すべての歯に感覚が備わっているということは、一度咬むだけでも恐ろしく大量の情報が脳へ伝わることが分かると思います。その膨大な情報を瞬時に処理して、今咬んでいるものに応じて咬み方を加減するわけです。だれもが無意識にやっていることですが実は歯根膜あってのことであり、歯根膜-脳-筋肉の素晴らしい瞬時の連携の賜物でもあります。
逆に歯が無くなったらどうでしょう?脳の莫大な情報処理がその分必要なくなってしまいます。働かなくて済むと分かれば脳もサボります。最近の調査研究で、65歳以上で20本の歯がある方とそうでない方、また歯が少なくても入れ歯を入れている方とそうでない方では認知症の発症や転倒しやすさに差があることが分かりました。歯が19本以下の方は20本以上の歯がある方に比べて1.2倍要介護認定を受けやすいのだそうです。つまり自分の歯で咬むことが脳の老化防止に役立つことがはっきりしたわけです。
(参考https://www.jda.or.jp/park/relation/teethlife.html)
さて、この歯根膜、残念ながら人工物で代用ができません。人工の歯は性能の面で天然の歯にまだまだ遠く及ばないのが現状です。ですから少しでも歯を残すこと、つまりは普段のお口の手入れが大切という事になります。そこで問題となるのは「モチベーション」。日常のきちんとした歯みがきは「面倒」でつまらないものです。地味な努力は継続が難しい、それは誰もが知っています。歯みがきの「やり方」は歯医者さんで教わることが出来ますが、モチベーションを高く保ち続けることは誰かに教わったからといって出来るものではありません。これまでは虫歯や歯周病防止といった「お口の健康」が歯みがきの目的でした。しかし歯みがきが口だけにとどまらず、自身の将来の要介護リスクにも関わるとなれば、「面倒」は取るに足らない小さなものに見えてくるのではないでしょうか?
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
口呼吸
歯科治療が苦手な人はたくさんいますが、その理由は様々です。例えば音や振動に対する苦手意識だったり、痛みに対する恐怖心だったり、嘔吐が起きやすいからダメという方もいます。そして意外に多いのが「治療中息が苦しいから」という人達です。
ヒトは鼻で呼吸をします。そんなの当たり前と思いがちですが、実はそうではありません。呼吸は鼻で息をする「鼻呼吸(びこきゅう)」と、口で息をする「口呼吸(こうこきゅう)」に分けられ、元来日本人は欧米人と比べて口呼吸の人の割合が多いといわれています。常に口呼吸している人はいざという時に鼻呼吸に切り替えられず、それで歯科治療時に口の中に水が溜まり呼吸路が塞がれて「息が苦しい」わけです。
また口呼吸の弊害は歯科治療時に息苦しい事だけではありません。虫歯や歯周病になりやすく、口内炎や口臭の原因にもなります。さらに問題は口の中だけにとどまらず、風邪をひきやすいとか「睡眠時無呼吸症候群」になりやすいとも考えられています。
日本人に口呼吸が多いのは乳児期の「授乳期間」が短いからだとされています。母乳を吸っているときは自然に鼻呼吸を強いられます。つまり日本人は鼻呼吸の訓練期間が短いというわけです。欧米の赤ちゃんがよく「おしゃぶり」をくわえている姿を見かけますが、「おしゃぶり」も鼻呼吸の訓練として有効です。(ただおしゃぶりは歯並びを悪くする可能性もあるので「いつやめさせるか?」に注意が必要です)
他にも昨今の「アレルギー性鼻炎」の蔓延も口呼吸が多い原因と考えられます。鼻炎を患えば当然鼻の通りが悪くなり、どうしても口呼吸が主体になってしまいます。
ハウスダストなど通年性のものは当然ながら、花粉症といわれる季節性のアレルギーでも複数のアレルゲンを持っているケースは多く、季節をまたがって鼻炎が続き口呼吸が習慣化しやすいのです。
口呼吸が習慣化してしまっている人は常に口が開き気味になっていたり、唇が乾燥していたりするので判別は容易です。道行く人をわずかな時間眺めるだけでいかに口呼吸をしている人が多いかは誰でもわかります。
息の通り道が「鼻か口か」という違いだけで結果は大違いです。少しの練習で鼻呼吸が出来る様になる場合もあります。「息が苦しいから歯医者が苦手」という方以外も、一度ご自分の呼吸方法を確認してみることをお勧めします。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
麻酔の効きやすさ効きにくさ
歯科治療で麻酔の注射を打ったのに効かなかった経験はないでしょうか?
実は麻酔の「効きやすさ」「効きにくさ」には個人差だけでなく様々な条件が絡んでいます。
お口の中に麻酔注射をした際、真っ先に歯肉や頬、舌といった「軟組織(なんそしき)」には麻酔薬が効果を発揮します。これは血管が豊富にあり、血液が簡単に麻酔薬を運んでくれるからです。一方歯にはなかなか麻酔が効いてきません。
軟組織の下には骨があり、さらにその骨の中に歯根があります。この歯根の先に麻酔薬が作用してやっと歯自体に麻酔が効くようになります。ところが骨は硬いので当然注射針は刺さりません。ですから歯根の先に直接麻酔薬を注射することはできません。注射をすると軟組織と骨との間に麻酔薬が貯まり、このたまった麻酔薬が骨の中までじわじわ到達するのを待たないといけません。悪いことに軟組織と違って骨には麻酔薬を運んでくれる血管が少ないのです。その結果歯に麻酔が効くまでにはどうしても時間がかかってしまうことになります。そしてさらに様々な条件により麻酔は一層効きにくくなります。
例えば部位。前歯と奥歯で骨の厚みが違います。一般的に前歯の周囲は骨が薄く奥歯は骨が厚いので、奥歯の方が麻酔が効きにくいということになります。
また上下でも違います。下顎の方が骨が緻密で硬いので麻酔薬が浸透しにくく効きにくいと言えます。なぜ上下で骨の硬さに差があるのかといえば、上顎は頭蓋骨の一部ですが、下顎は単体で存在しています。つまり下顎の方がより丈夫である必要があるからです。
このように部位からすると下の奥歯が一番麻酔が効きにくいという事がわかると思います。
そして性差。成人では一般的に男性は女性よりも骨格がしっかりしています。男性の方が歯の麻酔は効きにくいといえるでしょう。
最も決定的に麻酔が効きにくいのは「痛みのある歯」です。ズキズキと痛みのある歯は麻酔が効かないことがほとんどです。そんな時は麻酔を効かせるより、まずは飲み薬等で痛みを軽くすることを優先します。
ざっと考えても麻酔が効かないのにはこれだけの理由があります。「麻酔のお世話にならないこと」が一番の得策だということが良く分かると思います。
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯の痛み
歯ってどうして痛いのでしょうか?また、歯には「痛い」というイメージが付きまとうのはなぜでしょうか?
歯と同じように硬い「爪」。爪の周囲には感覚があるけれど、爪自体に感覚はありません。だから爪切りは誰でもできます(爪が割れたりして痛いのは爪周囲の感覚による)。髪の毛も同様、根元には感覚がありますが、髪の毛自体にはやはり感覚はありません。
それなのに、歯はそのもの自体に痛みを感じます。「感覚」があるわけです。
歯の内部には空洞がありその空洞の中に、一般には「神経」と呼ばれる「歯髄(しずい)」があります。この「歯髄」が痛みを感じます。
ところで人間が体表で感じる皮膚感覚は、「触覚(しょっかく)」「痛覚(つうかく)」「温度覚(おんどかく)」というたった3種類の感覚の組み合わせで出来ています。言い換えれば「圧力」「痛み」「温度」この3種類のセンサーが体表のあらゆるところに配置されているということでもあります。指先など感覚の鋭いところはこれらのセンサーが密に存在し、足の裏や背中などは逆にセンサーはまばらに存在するという「密度」の差はありますが、基本的には3種類のセンサーは体表ではごく一部を除いて必ず揃って存在しています。
「ごく一部を除いて」と述べましたが、実はその一つが「歯」です(正確には前述のように「歯髄」)。歯には「痛覚」のセンサーしか存在しません。そう、歯は「痛い」しか感じることができない「痛覚に特化した」部位です。どんな刺激が加わっても「痛み」に置き換わってしまうのです。つまりこれが冒頭の「歯には痛いイメージが付きまとう」ことの理由の一つではないでしょうか。
そして「目」も特異な部位です。「結膜(けつまく)」や「角膜(かくまく)」には「痛覚」と「温度覚」しかないそうです。(厳密には「温度覚」の内、「冷覚(れいかく)」のみが確認されてるようです。)そういわれれば、目もほんの小さなゴミが入っただけで強い痛みを感じます。「痛みに特化」した場所であることは誰もが容易に納得できることでしょう。
「痛み」は非常に重要な感覚です。身体に危機が迫っていることを知らせるいわば「警告」の様なものです。つまり「痛みに特化」しているということはその部位が「重要器官」であることの証明でもあります。「視覚」を失うことは生物にとっては命取りになります。生物は進化の過程で「生きるため」に、代替の利かない「重要器官」を失わない様「痛覚」を発達させ、危機を未然に防いできたわけです。
さて翻って、目以上に痛みに特化した「歯」、進化の過程ではそんな「最重要器官」であるはずの「歯」を皆さん自身は「かけがえのないもの」と認識されているでしょうか?
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
歯科治療と資格
「虫歯があると航空機のパイロットや宇宙飛行士になれない」という話は聞いたことがあると思います。虫歯が痛むことで業務に差し支えるのはどんなお仕事でも同じなのに、タクシーや電車の運転手は虫歯の有無は問われません。パイロットや宇宙飛行士だけが特別虫歯に厳しいのはどうしてでしょうか?それは「飛行機に乗ると虫歯が痛くなる」からです。つまり虫歯が重大事故に直結する可能性があるのです。ではなぜ飛行機に乗っただけで歯がいたくなるのでしょうか?
原因は飛行機内の「気圧」。航空機の機内は地上と同じくらいの気圧になるよう「与圧」されています。とはいっても0.7~0.8気圧程度と言われます。山だったら富士山5合目くらい、標高1,500m地点と同じくらいの気圧です。気圧が低いと歯の中の神経の入っている空洞(歯髄腔:しずいくう)内部、あるいは虫歯部分の空洞が膨張して歯の内部を圧迫し痛みが出ます。また、治した歯であっても、治療の際内部に空洞を作ってしまうと同じ理由で歯が痛みます。
戦闘機パイロットでは虫歯はさらに危険です。急旋回、急上昇などの際、最大で8Gという力が体に加わります。自分の体重の8倍もの力で操縦席に押しつけられるわけです。(訓練されていない人間は5G程度で失神するそうです)この時同時に血圧も上がります、急激な血圧上昇によっても虫歯が痛むのです。
宇宙飛行士は虫歯の有無をもっと厳しくチェックされます。旅客機と比べ物にならない減圧環境や、ロケット発射時に戦闘機パイロットと同様の高い「G」に身をさらす可能性があります。また、宇宙船内の行動は非常に細かくスケジュール管理されていて治療にさく時間はなく、宇宙船内は限られたスペースしかありませんので、治療のための道具など持っていく余裕がないことも理由でしょう。
一方、反対に歯科治療をしたことで失う資格もあります。
「え?治療したのにダメなの?」と思われるでしょうが、成人なら大半の人が持っている身近な資格・・・それは「献血」する資格です。
「抜歯」や「歯石除去」といった出血を伴う歯科治療を3日以内に受けた方は献血ができません。理由は「菌血症」。菌血症というのは血液中に細菌がいる状態です。
健常者なら実は菌血症は日常のちょっとした怪我でも起きていて特段珍しいことではなく、その程度ならなんら問題になりません。しかしお口の中は違います。お口の中は体の他の部位と比較にならないくらい細菌がたくさんいるので、口腔内の傷が原因の菌血症は輸血を受ける側にとっては命に係わる大きな問題なのです。
ところで、歯科医師という資格は虫歯の有無を問われません。皆さんはこれをどう思われるでしょうか?
(蒲郡市歯科医師会 中澤 良)
あの音
世の大半の方が嫌いな、歯を削るときの「あの音」についてのお話です。
あの歯を削る機械「エアータービン」と歯医者は呼んでいます。圧搾空気で直径1㎝ほどの風車を回転させてその回転力で歯を削っています。歯は非常に硬いので、削るために必要な回転数がなんと1分間に約40万回転!それであんな音がするわけです。レーシングカーのエンジンでも1分間に2万回転が限界と言われていますから、いかにその回転数がすごいかがわかると思います。(ちなみに市販車では高速道路を走行してもエンジンは数千回転程度)
それだけの回転数で歯を削ろうとすると当然すごい摩擦熱が生じます。これを冷却するため水が回転と同時にスプレーされるようになっています。さらには口内を照らすライトが内蔵されているものも・・・。つまり「エアタービン」内部には圧搾空気だけでなく、水、電気も通っているわけです。口の中で使うものですから当然大きさが限られます。しかしその小さいサイズの中にこれだけの構造を持っている、このことだけでもいかに精緻を極めた精密機械であるかがわかると思います。
さらに、エアタービンは当然使用後には滅菌消毒されるわけですが、この際121℃2気圧という高温高圧の蒸気にさらされます。それでも焼き付いたり錆びたりしません。そしていつでも40万回転まで一気に回るのです。嫌われ者のあの音ですが、その裏には地味ながらも驚くべき技術が隠されています!
一方、あの音がしないものもすでに存在します。「マイクロモーター」と呼んでいますが、その名の通り電気モーターの回転力で歯を削る道具です。外観はエアータービンに似ているのですが、モーターの回転音だけで「あの音」はしません。ただ回転数は及ばず最高でも1分間に約20万回転。ですからどうしても「切削力」がエアータービンに劣ります。またギアなどの構造物がありますからエアータービンほど小型にできないのも難点です。少しばかりのサイズの違いですが、特に奥歯での使い勝手が全く違います。ですからエアータービンに100%とって代わることはできないのです。
他にもレーザー光線を当てて歯を削るという方法があります。機械的な部分を全く持たないのですから当然「不快な音」は皆無です。ただこれは虫歯の患部などごく狭い範囲への応用に限られ、「冠を被せるために歯を削る」という使用には全く向きません。
以上の様に「あの音」を歯科治療から完全になくすのは現時点ではまだ無理です。「あの音」を聞きたくないのなら「歯を悪くしない」のが賢明です。
さわやかな笑顔は「口もと」から
『目』というのは顔の中で大変表情豊かな部分です。
『目』以上に表情豊かな部分といえば『口もと』であろうかと思います。
ところが歯並びが悪い、歯・歯ぐきの色が悪い、笑うと歯全体が見えてしまう、歯と歯に隙間があるなど、人それぞれ悩みは尽きないものです。
こんな悩みがあると口もとを気にして、人前で大きく笑ったり、おしゃべりするのも何となく気が引けるものです。
こんな悩みを解決するのも『歯科医療』なのです。若い人ばかりでなく、たとえばお年寄りの入れ歯を自然に見えるようにする、お年寄り臭くないお顔にして差し上げるのも歯科医療の範疇と言えます。ただ年配になるにつれて、見た目にあまり関心がなくなる、あるいは逆に本当は気になるのだが、今更この歳でと思われるかたも多いようです。
老若男女だれしも若々しくて清潔感あふれる口もとであってほしいものです。
噛めるだけでよいという時代でもなさそうです。
歯周病
歯周病とは、歯垢、歯石が主な原因となって起こる病気です。歯垢は食べカスを栄養にして増殖した細菌の塊です。歯石とは、この塊のに唾液中のカルシウムなどが沈着して石灰化したものです。歯石が少しでもあれば、その周囲にまた歯垢が着きます。これらが付着する事により歯の周囲の歯肉(歯ぐき)や骨等(歯周組織といいます)が炎症を起こして、気づかぬうちに徐々に組織が破壊されていく病気です。
最初は歯肉炎の症状がでます。歯ぐきからの出血、そして腫れ、口臭などが現れます。次第に、歯がグラグラしてきて、硬い物が噛みにくくなり、冷たい物などでしみたり、場合によっては上下の歯を合わせるだけで痛い事もあります。さらに、歯をつかんでいる骨の破壊が進むことで、最後には歯は抜けてしまいます。1本の歯を失うだけでなく、前後の歯の骨まで溶けて駄目になっている可能性もあります。
歯周病予防と再発防止
初期の歯周病は歯磨きをしっかりすれば効果的に治すことができます。 つまり、歯磨きによって予防するだけでなく、これ以上悪くならないように維持したり、症状を かなり改善させたりすることができます。また症状が進行した場合でも、歯の汚れがしっかりとれて いればかなり症状が良くなってきます。
歯を磨くと血が出るから、痛いから触らないということは、大きな間違いです。磨かないから汚れが たまって歯周病が悪化し血や膿や痛みがでてくるのです。
多くの方は、「歯磨きなどすでに毎日している」と言われるでしょうが、もう一度、鏡の前で 歯ブラシの使い方や毛先の方向を見直してください。または、磨き終わった後で、指先で歯と歯ぐきの 境目を拭ってみてください。白くぬるっとした歯垢がついていませんか?
歯周病予防のためには、一人一人に適した歯磨きが必要ですし、歯磨き以外の処置が必要な場合も あります。御自分の歯や歯ぐきには、今何が必要で、何をすべきなのか、お気軽に歯科医院で 尋ねてみてください。